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今回は、電磁気関係の営業で皆様の御世話になっている坂本が行ってみて感激したという浄土宗の九品仏浄心寺を紹介します。当社からは、少し遠く南西方向に直線距離で約4km。東急東横線の自由が丘駅から約500メートル、大井町線の九品仏駅の目の前に位置します。
この寺の開山は延宝6年(1678年)で、江戸幕府が武断政治から文化政治への政策切替えを行った徳川家綱の時代。文化施設である寺の建設が行われていた時代でしょう。この場所は、小田原の役の頃には武士の名門吉良氏の奥沢城があった場所。東京と神奈川の県境に流れる多摩川から急な河岸段丘の崖をよじ登り、平坦になった辺りに位置するので、城を築くには良い場所だったと思います。当時なら西の方向に多摩川、その先は延々と伸びる相模平野、箱根・丹沢連山の後に富士山が浮かぶという景色が見えた筈です。 この寺には上品上生、上品中正、・・・・下品下正という九対の阿弥陀如来像が安置されているため、九品仏という名前が浄心寺の前に付き、さらには九品仏だけが独り歩きして、寺の通称になり駅の名前にもなっています。下品下生等というイジケテしまいそうな名前の阿弥陀如来像は実に気の毒だと思うのですが、そこは宗教なので何か意味があるのでしょう。 九品仏の駅は通勤の時に通るのですが、今回は初めて駅から九品仏を訪ねてみました。駅前に直ぐ参道の入口があり、この入口から大きな樹木が並ぶ参道は約150メートル、その奥に境内、さらに奥は墓地、総計で12万平方メートル強あり、都内でも屈指の広さを誇る大きなお寺です。境内には武蔵野の面影を残す大木が多く、またつい最近まではサギ草の自生地があったそうですが、罰当たりにも駐車場を作るために潰し今では池の中の小さな地面に押し込められています。 Google(TM) マップで「世田谷区奥沢7丁目」と指定すれば九品仏が出てきます。写真でみれば、鬱蒼とした緑の境内の西の端の方に建物が三ケ並んでいるのが見えます。建物は北から中品、上品、下品の建物で、各々に上生、中生、下生の三体ずつの如来像が安置されていますが、私のような人間にはどの仏像も同じように見えるだけです。 今は繁華街として有名な自由が丘、その中心に位置する自由が丘駅は、今から80年前(1927年、昭和2年)8月に東横線が開通した時の名前は「九品仏前駅」でした。「自由が丘」なんて安っぽい名前よりは余程由緒正しい名前だったのですが、大井町線の九品仏駅の設置に伴い、自由が丘駅と改称になりました。駅名を変える時の最初の候補名は「衾(ふすま)駅」。繁華街にはなりにくい名前ですね。近所にあった自由ケ丘学園にちなんで地名が変更され、駅名も自由が丘になったとのことです。
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